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移転価格税制を巡る日本企業の争訟、税務裁判所が納税者の主張を支持

更新日:9月4日



今回ご紹介するのは、PT Panasonic Gobel Life Solutions Manufacturing Indonesia(PESGMFID) をめぐる 2015 年度移転価格税制争訟についての、たいへん示唆に富む税務裁判所判決です。


本件で主要な争点となったのは、次の 3 点です。

  1. 比較対象企業の選定方法

  2. 単年度データ(single year)か複数年データ(multiple years)を用いるべきか

  3. 合併に伴う特別費用(extraordinary cost)たとえば合併関連費用を調整すべきか

これら 3 点のうち、争点② については税務裁判所が全面的に納税者(PESGMFID)の主張を認め、争点③ についても裁判官団が独自に特別費用を計算し直した結果、当初税務当局が提示したおよそ 21,515,056 USD の更正額は、大幅に減額されて 約 2,116,961 USD となりました。


インドネシアの法体系は大陸法で、判例に拘束力はありませんが、本件で議論された問題は、インドネシアで事業を行う多くの日系企業が直面しうる典型的な移転価格論点であり、実務上きわめて有用な参考事例となります。

さらに、移転価格争訟ではしばしば結論が「白か黒か」ではなく、妥当性を按分して判断される点も、本件が示す重要な教訓です。以下に詳しい解説を記載します。


  • 判決番号:PUT-001381.15/2019/PP/M.XB(2023 年)

  • 控訴人:PT Panasonic Gobel Life Solutions Manufacturing Indonesia(PESGMFID)

    旧称:PT Panasonic Gobel Eco Solutions Manufacturing Indonesia(PESLID)

  • 被控訴人:インドネシア税務総局(Direktur Jenderal Pajak)


争点

  1. 比較企業データ検索におけるフィルタリング手順の相違により、最終的な比較企業が異なった点

  2. 被控訴人は単年度データ(single year)を使用した一方、控訴人は複数年データ(multiple years)を使用した点

  3. 被控訴人は合併費用(extraordinary cost)を調整しなかったが、控訴人は調整した点

  4. 下表に、被控訴人と控訴人による比較企業検索結果の相違を示す。


比較企業関連表


金額争点表


被控訴人(税務当局)の主張

  1. 比較企業データ検索におけるフィルタリング手順の相違により、最終的に選定された比較企業が異なる点。主な相違点は次のとおり。

    • 被控訴人は 研究開発費(R&D)が 3%未満と「重要でない」企業のみを比較対象に採用した。

    • 被控訴人は 2015 年に損失(赤字)を計上した企業を除外した。

  2. データ期間の相違について:被控訴人は単年度データ(single year)を使用した一方、控訴人は複数年データ(multiple years)を使用した。

    • 原則として、複数年データは財務パフォーマンスに影響を与える特殊事情がある場合に用いるべきであり、たとえば損失年度が存在する場合には、その損失が

      1. 過去の取引に起因するのか、

      2. 製品ライフサイクル終盤(陳腐化)の影響なのか、

      3. または長期契約の影響を評価する必要があるのか――を見極める目的で使用されるべきである。

  3. 合併費用に関する調整について:

    • 被控訴人は、控訴人が合併に伴う退職金などの詳細な内訳を提示しなかったことを理由に、退職金費用を移転価格計算から除外した。

    • また、被控訴人は控訴人が行ったような、合併の影響を受けた期間の損益調整を実施しなかった。


控訴人(PESGMFID)の主張

  1. 被控訴人が選定した 6 社の比較企業のうち 4 社に不同意

    • 当該候補企業は、調査対象納税者とは異なる機能を行っているとの情報がある(例:納税者は製造業であるのに対し、候補企業はディストリビュータである等)。

    • 当該候補企業は、調査対象納税者とはまったく異なる業種で事業を行っているとの情報がある。

    • その他、当該候補企業を比較対象として採用するには信頼性(reliable)が欠けるとの情報がある。

  2. データ期間の採用方法について

    • 控訴人は 複数年データ(2011~2015 年) を使用したのに対し、被控訴人は 単年度データ(2015 年) を使用した。

    • 控訴人によれば、製造業の移転価格分析において単年度のみの検証期間は適切でない。自社および比較企業の利益は年ごとの変動が大きく、1 年分の財務データだけでは歪みが生じ、正確な結果が得られない

  3. 2015 年における控訴人および照明産業全体の事業・製品面での大幅な変化

    • 国内市場で従来型ランプ製品がライフサイクル終盤を迎え、LED 技術への転換が進行。

    • 従来型ランプ製品が輸出市場で競争できなくなり、生産中止

    • PESGMFID と PESLID の合併(効率化・事業スリム化を目的)が行われ、費用が増大し、事業が安定しない状況に。

    • 輸出主体から国内販売主体へ市場シフトが発生。

    • 2015 年の売上高は前年に比べ -49.09% の大幅減少

    • 競合他社(GE・Philips)の工場(パスルアン、ジョグジャカルタ)が閉鎖され、控訴人のチカラン工場も閉鎖されるなど、照明業界全体で技術転換の影響が顕在化。

  4. 裁判で明らかになった事実

    • 2015 課税年度において、控訴人は 6 か月間操業停止し、かつ退職金を総営業費用の 63% 相当額支払った。

    • さらに、控訴人は PT Panasonic Lighting Indonesia との合併を実施した。


裁判所の判断(Putusan Sidang)

  1. 税務裁判所は、被控訴人が 6 社の比較企業を選定するために行ったフィルタリングは適切であると判断した。

  2. 本件においては、複数年データ(multiple year)を用いた方が、より信頼性が高く正確な比較分析が得られると税務裁判所は判断した。

  3. 被控訴人は第 6 回および第 7 回の口頭弁論で提出した書面説明において、控訴人が用いた 2 つの調整をすでに比較分析に反映していると述べており、税務裁判所は被控訴人が当該調整の使用を事実上承認したものとみなした。

    • 控訴人が 2015 年度 TP レポートで行った調整は以下のとおり:

      • 退職金(severance payment)11,649,945 USD を “extraordinary” として控除する調整

      • 合併および工場閉鎖により事業活動の大部分が停止した 6 か月間(2015 年 7 月〜12 月)の財務データを除外する調整

控訴人はさらに、2015 年 7 月〜12 月(6 か月)の財務データを計算に含めない調整も行った。これは、チカラン工場が閉鎖され、工場設備や機械をパスルアン工場へ移転するプロセス中であったため、従来チカラン工場で生産していた照明器具や電子バラストの製造が一時停止していた期間である。


* SPT PPh Badan:PESGMFID(存続会社)の 12 か月分 + PESLID の最終 3 か月分(SPT PPh Badan 別紙 I、および財務諸表調整・税務計算別紙)** 試算表(Trial Balance):PESGMFID が発行した 2015 年 7 月〜12 月分の試算表*** TP レポート:PESGMFID の最初の 3 か月(2015/4–6)+ PESGMFID と PESLID の最後の 3 か月(2016/1–3)。TP レポート 2015 年度別紙 B4・B5 に該当


上記の表に基づけば、控訴人(納税者)は 2015 年 TP レポートで 2015 年 7 月〜12 月(チカラン工場の操業停止期間)のデータを除外する調整を行い、その結果として営業利益を算定しました。税務裁判所は、この調整は比較企業の通常営業状況と整合させるために正当であり、現行規定に合致すると判断しています。



税務裁判所の結論

上記の調査結果および裁判所の結論に基づき、控訴人の 2015 年度関連会社取引について実施した独立企業原則(アームズレングス・テスト)の算定は、上表のとおりである。




上記の説明を踏まえ、税務裁判所の主要な争点に関する総括は以下のとおりである。



したがって、税務裁判所による最終的な「純所得(Penghasilan Neto)」の計算は以下のとおりである。



したがって、最終的に納付すべき(または還付される)法人所得税(PPh)の計算は次のとおりである。



その後、上記の更正に対して PT Panasonic Gobel Life Solutions Manufacturing Indonesia(PESGMFID/旧 PT Panasonic Gobel Eco Solutions Manufacturing Indonesia〈PESLID〉) は 再審請求3906/B/PK/Pjk/2024(Peninjauan Kembali) を行った。


結果:最高裁判所は、再審請求(PK)を 棄却 した。


以上を総合すると、本件 PT Panasonic Gobel Life Solutions Manufacturing Indonesia をめぐる 2015 年度移転価格税制争訟の税務裁判所判決は、

  • 比較企業の選定、

  • 単年度 vs. 複数年データの採用

  • 合併に伴う特別費用の調整

という典型論点について納税者の主張を大きく認め、税務当局が提示した約 21.5 百万 USD の更正額を約 2.1 百万 USD へと大幅に減額しました。


インドネシアでは判例に拘束力はないものの、本件は日系企業を含む多くの企業が直面し得る移転価格問題に対して“白黒”ではなく妥当性を按分して判断する裁決姿勢を示しており、実務上きわめて有益な指針となります。今後の移転価格リスク管理と争訟戦略を検討するうえで、きわめて示唆に富む判決です。


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