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単年度か複数年か—2017年移転価格争訟の実務判断

  • 2 日前
  • 読了時間: 10分

今回は、移転価格に関して非常に興味深い示唆を与える税務裁判所の判決をご紹介します。対象は、PT Indonesia Chemi-Con が関係する2017年分の税務紛争です。


本件で中心となった争点は次の2点です。

  1. 被控訴人(税務署)は単年度データ(single year:2017年)を用いるべきだと主張しましたが、控訴人(納税者)は複数年データ(multiple years:2014~2016年)を用いるべきだと主張しました。

  2. 2016年と同等に比較できるようにするため、財務諸表のいくつかの科目について調整が必要かどうかが争点になりました。


これら2つの争点について、税務裁判所がいずれも納税者側の主張を全面的に認めました。

大陸法であるインドネシアの法制度は、判例拘束の原則を明示的には採用していませんが、本件で取り上げられた論点は、インドネシアで事業を行う多くの日本企業が直面する一般的な移転価格の問題です。そのため、実務上の有益な参照として大いに活用できるものです。

詳しい説明は以下のとおりです。


番号:PUT-000351.15/2021/PP/M.IVB(2025年)PT Indonesia Chemi-Con 2017課税年度




被控訴人の主張

当該更正は、被控訴人がTNMM法による公正価格の調整の帰属に基づいて行ったものです。被控訴人は、次のとおり2017年の比較対象企業の財務データを用いました。



被控訴人は、控訴人がFY 2014~FY 2016の複数年データ(Multiple Year)を用いた点に同意しませんでした。被控訴人はまた、控訴人が行った調整を認めず、調整前の財務諸表データを使用しました(下表のとおり)。




被控訴人は中央値6,43%への利益率の更正を行いました。


控訴人の主張

控訴人は、被控訴人による事業売上に対する USD 6.236.386 の更正に同意しません。理由は次のとおりです。


1.控訴人が被った損失は、ビジネスの状況によって生じたものです

損失は、どの会社でも事業を行う過程で起こり得るふつうの状況です。さらに、移転価格の考え方でも、ビジネス上の要因によって損失が発生することはあり得ると考えます。これは、OECD Transfer Pricing Guidelines 2017 年版 1.129 段落で次のように説明されています。

「関連者取引を行う企業が継続的に損失を計上している一方で、企業グループ全体としては利益が出ている場合、その事実は移転価格上の論点に関して特別な精査を招く可能性があります。もちろん、関連者取引を行う企業も、独立企業と同様に、スタートアップに伴う多額の費用、不利な経済状況、非効率、その他正当な事業上の理由により、実際に損失を被ることがあります。」


 また、UN TP Manual 2017 年版 B.2.4.5.4 段落も、同様の趣旨を次のように述べています。

「前段落で述べた損失は、さまざまな理由で発生し得ます。たとえば、スタートアップ段階の損失、望ましくない経営、意図的な事業戦略、過度の財務リスク、ビジネスサイクルの局面、または不利な経済状況などです。」


 以上の説明に基づくと、損失はどの会社にも起こり得る正常な状況であり、控訴人もその例外ではありません。以下に、控訴人の2016年と2017年の財務諸表の比較を示します。



控訴人の主張

次の表のとおり、2017年と2016年の主要な数値を比べると、輸出費用や従業員の給与・手当などの会社の費用が大きく増えており、売上の伸び方とつり合っていません。この増加の背景はローカルファイルで次のように説明されています。

  1. 国内での日本のお客様向けの売上が落ちたため、全体の売上が下がりました。

  2. 世界的な原材料不足により、海上輸送から空路輸送へ切り替えざるを得ませんでした。

  3. 生産能力を増やした結果、従業員の残業が発生しました。

  4. 従業員の給与が 10%(十分の一)引き上げられました。

上記のとおり、増加が大きかった費用は、控訴人の関連者取引とは関係のない費用です。したがって、2017年に収益性が下がった原因は、調査官が指摘する移転価格ではなく、純粋に営業費用が増えたためだと考えます。


さらに、Mark-up Total Cost(MTC)の計算にあたっては、OECD Transfer Pricing Guidelines 2017 の段落 2.86 を参照しています。同段落は次のように述べています。

“Non-operating items such as interest income and expenses and income taxes should be excluded from the determination of the net profit indicator. Exceptional and extraordinary items of a non-recurring nature should generally also be excluded.”

「利息の収益・費用や法人税のような営業外項目は、純利益指標を計算する際には除外すべきです。発生頻度が低い特別損益や異常な性質の費用も、一般的には除外すべきです。」

また、上記ガイドラインの考え方に照らすと、控訴人が計上した輸出費用の急増や、従業員給与の大幅な上昇など、性質として「特別(extraordinary)」な費用は、MTCの判定から除外すべき項目に当たると主張します。



損益計算書 2017(調整前・調整・調整後)2017年の損益計算書について、調整前の数値、調整額、調整後の数値は次のとおりです。粗利益・営業利益・Mark-up Total Cost(MTC)については、調整欄の数値は示されていませんが、調整後の数値が提示されています。



比較対象会社のレンジ(控訴人が提出した移転価格文書)

控訴人が提出した移転価格文書によれば、比較会社の「平均」は次のとおりです(四分位上位・中央値・四分位下位も併記されています)。

この表にもとづくと、控訴人のMTCは比較会社の範囲の中に位置しているといえます。したがって、控訴人の関連当事者取引は、独立企業間の原則に照らして妥当であると主張します。

さらに、2017年の実際の売上は USD 105.468.203 である一方、控訴人が2017年に設定していた販売計画(予算)は USD 102.162.249 でした。実績が計画を上回っていることは、控訴人に移転価格を用いた租税回避の意図がなかったことを示す一つの状況証拠になると述べます。

加えて、控訴人の見解では、被控訴人が2017年の関連当事者取引に対して更正を行う前に、まず控訴人の損失の原因を検討し、その損失が移転価格によるものなのか、あるいは営業上の事情によるものなのかを分析すべきであると考えます。


2. より正確な結果を得るための複数年分析

控訴人は、先ほどの2番目のポイントで述べた「費用が大きく増えた理由」に加えて、2017年の移転価格文書(54ページ)でも説明しているとおり、2015年〜2017年の複数年分析(multiple year analysis)を行うことで、検証結果の正確性をさらに高められると考えます。したがって控訴人は、PER-22/PJ/2013 の別紙の規定に従って複数年分析を用い、分析の正確性を高めることを意図します。そこでは、次のように述べられています。


「関連当事者間取引の妥当性を判断するために、年ごとの比較は、経済状況や市場環境、さらには会社内部のその他の条件における重要な相違によって歪められる可能性があります。取引の妥当性を検証するには、関連当事者間取引または独立取引について、複数年のデータを調べる必要があります。こうすることで、製品サイクルや事業サイクルなどに起因する差異に対応でき、より信頼できる比較可能性が得られます。」


さらに、SE-50/PJ/2013 も同趣旨で、次のように述べています。

「比較可能性の向上は、正確な調整の実施、複数年データの使用、取引の集約、ならびに検索基準の設定と手作業による選別を行うことで達成できます。」


また、複数年データの使用は比較可能性の水準を高めます。OECD Transfer Pricing Guidelines の段落 3.76 と 3.77 は、次のように述べています。


“In order to obtain a complete understanding of the facts and circumstances surrounding the controlled transaction, it generally might be useful to examine data from both the year under examination and prior years.”

日本語訳

「関連当事者間取引を取り巻く事実と状況を完全に理解するためには、検討対象年のデータだけでなく、前年度のデータも調べることが一般に有益です。」

(原文に付されているインドネシア語訳部分の翻訳)

「関連当事者間取引に関する事実と状況を完全に理解するため、通常、検討対象年と前年度の両方のデータを調べることが有用である場合があります。」


“Multiple year data will also be useful in providing information about the relevant business and product life cycles of the comparables.”

日本語訳

「複数年データは、比較対象企業における関連する事業や製品のライフサイクルに関する情報を提供するうえでも有用です。」

(原文に付されているインドネシア語訳部分の翻訳)

「複数年のデータは、比較会社の関連する事業および製品ライフサイクルに関する情報を提供するうえでも役立ちます。」


以上のとおり、PER-22/PJ/2013、SE-50/PJ/2013、そして上記のOECDの説明を踏まえると、被検対象(控訴人)と比較会社の双方について複数年データを用いた分析のほうが、より正確で信頼できる比較可能性をもたらします。さらに、複数年分析を行うことで、控訴人が2017年に被った損失は、移転価格や租税回避によるものではなく、控訴人のオペレーション上の事情によるものであることが示されます。


以下は、控訴人の2015年〜2017年の複数年データです。上の表から、控訴人が損失を計上したのは2017年のみであることが分かります。ポイント1で説明したとおり、その損失は2017年のビジネス上の事情によるものであり、移転価格が原因ではないと考えます。

さらに、控訴人の2015年〜2017年の平均MTCは 2,62% であり、比較会社のレンジの範囲内にあります。


3. 控訴人による租税回避の兆候はありません

2019年6月21日付の調査結果通知書 SPHP(番号:PHP-00374/WPJ.07/KP.0605/RIK.SIS/2019)には、税務総局長が、特別関係のある納税者について、独立企業間の比較、再販売価格法、コストプラス法、その他の方法を用いて、課税所得を計算するための「収入や損金の額の再認定」や「負債を資本とみなすかどうかの判断」を行う権限があると記載されています。

これに対して控訴人は、関連当事者取引に対する更正の権限は、納税者が租税回避をしている場合に限定されるべきだと考えます。その根拠として、所得税法第36号(2008年)第18条第3項の解説を挙げます。そこでは次のように述べています。

「この規定の趣旨は、特別関係の存在によって生じ得る租税回避を防止することにあります。」


さらに、租税回避の概念については、ディレクター・ジェネラルによる通達 SE-50/PJ/2013(特別関係のある納税者に対する調査の技術的手引)でも次のように説明されています。


第二部 付録 A:特別関係がある場合、税務当局は当該関連当事者取引における租税回避リスクの有無を分析し、その結果を調書にまとめます。検討すべき事項の例は次のとおりです。a. ……..b. 低税率国に所在する相手方との関連当事者取引。

一方、本件の関連当事者取引は、控訴人が日本の Nippon Chemicon Corporation と行った取引です。周知のとおり、2017年における日本の法人税率は 33,80%、インドネシアの法人税率は 25% でした。したがって、2017年における Nippon Chemicon Corporation との関連当事者取引について、控訴人が租税回避を行ったという兆候はないと考えます。よって、被控訴人が「取引の妥当性を判定するために売上を更正した」という主張は適切ではありません。


以上の説明にもとづき、控訴人は、事業売上に対する USD 6.236.386 の正の更正を全額取り消すよう求めます。


裁判官合議体の見解

税務裁判所は、控訴人の2015年〜2017年の平均 MTC が 2,33% であり、比較会社のレンジの範囲内にあると判断します。したがって、被控訴人は当該更正を行うべきではなかったと考えます。


また、控訴人が被った損失については、それが本当に関連当事者取引によるものかどうかを結論づけるために、より深い分析が必要であると判断します。


さらに、裁判所は、顕著に増加した費用の科目は、控訴人の関連当事者取引とは関係のない費用であると認定します。よって、2017年の収益性低下の原因は、移転価格ではなく、純粋に営業費用の増加によるものです。以上を踏まえ、裁判所は控訴人の申立てを全面的に認容し、被控訴人によるすべての更正を退けます。


最終的な結論

本件の主要な争点は、被控訴人が単年度データ、すなわち2017年のデータを用いて同年の控訴人のマージンを検証した点にあります。一方、控訴人は2014年から2016年の比較データを用いました。比較対象の選定や使用した移転価格の方法については、控訴人と被控訴人のあいだで相違はありません。



控訴人は2017年の財務諸表のいくつかの科目について調整を行い、2016年と同等の状態とみなせるようにしました。



控訴人が立証した事項は次のとおりです。

  1. 国内の需要、とくにインドネシアで事業を行う日本企業向けの需要が落ちたことで、販売が大きく減少したこと。

  2. 世界的な原材料不足により、海上輸送から空路輸送へ切り替えざるを得ず、その結果としてコストが上昇したこと。

  3. 生産能力の拡大に伴い、従業員の残業が必要になったこと。

  4. 従業員の給与が前年より 10% 引き上げられたこと。

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